森田剛主演舞台 ヴォイツェック 感想
※ネタバレ有りで書きますので、ご注意願います。また、あくまで私の解釈で書いておりますのでご了承願います。

「森田剛は天才である」なんてことは言い尽くされてきた言葉ですが、ステージの上での在り方について、やはり天賦の才を持っている人なのだなと改めて思いました。
私はアイドルとしての剛くんから入って、それほど観劇経験があるわけではないため、舞台の公演について剛くんの演技を褒め称える感想を書くことについては本格的な演劇ファンの皆様に対しての引け目というか自信のなさを感じる時もあるのですが、おそらくヴォイツェックは誰がどう見ても凄いとしか言えない舞台、俳優としての存在感だったのではないかと思い、この文章を書いております。
ヴォイツェックは、「愛している!愛している!」と訴え、その裏ではトラウマと狂気に囚われていて、閉塞の中に閉じ込められ、擦り減って押し潰されて終わる、そんな舞台だったと思います。難解で抽象的な部分もあり、流れていったすべての言葉の意味を解釈できたわけではないですが、暖かな親愛の気持ちと自己愛・エゴとが交錯したことによる人々の断絶、それにより発生した狂気と終焉が大変に美しい舞台だと感じました。
ヴォイツェックという男とって、恋人のマリーをDV家庭から救い出したという功績が自分を支える矜持の一つになっていて、だからこそ、ひたすらにマリーを愛しています。舞台前半、マリーの前にいる彼は甘ったるくて、マリーが少し引くほどの愛を彼女に捧げています。
前半のマリーはDV家庭から救い出してくれたヴォイツェックを好きで、でも、彼から彼女に向けられる偏執的と言えなくもない愛情に少し気後れしているところも見えました。けれども、彼の子供時代のトラウマを知り、彼の愛を受け入れました。そのシーンの彼女の愛情深さを見て、私は熱い気持ちになりました。
しかし、ヴォイツェックの狂気が舞台をおかしくしていきます。彼にはトラウマがある上に、家庭生活(マリーとの間に子供がいる)を維持するお金を得るために参加した薬物実験の影響もあり、彼は狂気に侵食されていってしまうのです。
そんな彼の姿から、マリーはついに看破するのです。ヴォイツェックはマリーのことなど愛していないのだと。おそらくマリーの解釈は、彼は自己愛・エゴのため、そして自分という存在には価値があるのだと思い込むために「自分はマリーを愛している」と思い込もうとしているということなのでしょう。ヴォイツェックは他者に対して「愛してる!」と過剰に言うけれど、実際は他者から「愛される」あるいは「認知される」ことしか求めていなくて、「愛している」の言葉はそれを引き出す手段でしかない……のかもしれません。
マリーはヴォイツェックとの距離を取る必要を感じつつも(彼は精神を立て直す時間が必要だと考える)、それでも彼を見捨てない、彼を守ると宣言します。
舞台前半は「ヴォイツェックがマリーを助ける」「ヴォイツェックがマリーを助けた」旨のセリフが多かったのですが、ここでは「マリーがヴォイツェックを助ける」という風になっていて、その転換がとても美しかったです。
(彼女の真意については別の解釈ができる可能性もありますが……私はそのように解釈しました)
私はヴォイツェックとマリーの対称ぶりが美しく悲しいと感じました。
ヴォイツェックは一見は愛情深いけれども、実際は内面がナイーブすぎて脆く崩れそうなところ、虚勢や見せかけの愛を他者に与えることで自らを支え、内面の弱さを隠そうとしている。
マリーはヴォイツェックの愛に戸惑う様子を見せつつ、実は愛情深いのは彼女の方で、心の芯も彼女の方が強く、脆いヴォイツェックを支えようとしている。
けれども、異なる2人ははまり合う事が出来ず、悲劇の終幕となってしまうのです。愛のない(愛を知らない)ヴォイツェックはマリーのことを信じるという選択肢がない、信じるという発想を持てない人だったのかなと感じました。
ヴォイツェックは当初はマリーを支えよう、家庭を立て直そうと踏ん張る青年として登場しますが、その内面は子供時代のトラウマのせいで成長しきれておらず、他者の愛を求めて泣く子供のような心をずっと抱えているように見えます。(ヴォイツェックの子供時代を演じる中学生の俳優さんが、彼の幻想として時々舞台の上に現れるのもそれを指し示しているのだと思う)
この子供のままの大人であるヴォイツェックが剛くんの演技、声にピッタリだと感じました。
剛くんの声はあまり美声ではなくて、テレビ番組などでのトークを聞くとちょっとスモーキーで棘のある声音の印象です(すみません、でも、その声も好きなんです)。でも、たまにものすごいキャラメルボイスというのか、甘いキラキラした声音も出すことがあるんです。今回の舞台ではスモーキーな声音とキャラメルボイスとがミックスされたような声音に聞こえました。これが大人になりきれないヴォイツェックというキャラクターにピッタリハマっているように感じました。
そして、マリーへの偏執的な愛情、狂気に囚われていく様、自分を制御しきれていない感じ、最後の暴発した感情、剛くんのすべての演技が凄すぎて一瞬も目を逸らせない感じでした。
そのヴォイツェックの過剰な愛(自己愛)と狂気に真正面から向き合うマリーという女性を演じきった伊原六花さんも凄かったです。というか、俳優さん皆すごすぎでした。
剛くんの代表作は既にいくつかあると思いますが、間違いなくこのヴォイツェックはその一つになるのではないかと思います。素晴らしい観劇体験でした。演劇の世界をあまり知らない私ですが、剛くんを通して私は知らない世界を知ることができて幸せです。ありがとうございました。